第14話 聖週間とエレミア哀歌

キリスト教の教会暦において「クリスマス(降誕祭)」と並び最も重要な聖節に「復活祭」がある。クリスマスは毎年12月25日と決まっていて我々日本人にもなじみの深いものであるが、年ごとにクリスマスの曜日は異なっている。復活祭はクリスマスに比べるとややなじみが薄い印象があるが、毎年日曜日(主日)に祝されると曜日が決まっており,3月23日から4月26日の間で月暦により決定されている。

この復活祭がどれほど重要かというとキリストの受難と復活という出来事は聖書の中に複数の記載で明確にされてあり、このキリストの受難によるあがない、世の人々の罪の償いこそキリスト教の大きな根幹をなすものと考えられるからだ。この復活祭の前の1週間は聖週間であり、この期間はキリストの受難と復活という重要な出来事を思い起こす典礼が行われる。

復活祭の1週前の日曜日は「枝の主日」でキリストのエルサレム入場の物語が朗読される。そして復活祭前の木曜日は「聖木曜日(洗足木曜日)」とされ最後の晩餐の日にあたる。翌金曜日が「聖金曜日」でキリストが十字架に磔にされた日,そして3日目の日曜日(復活祭)にキリストは復活なさるのである。

 枝の主日  キリストのエルサレム入場
 聖木曜日  最後の晩餐
 聖金曜日  十字架上の死
 聖土曜日  キリストの埋葬
 復活祭   キリストの復活

さらに聖週間の「聖木曜日」「聖金曜日」「聖土曜日」の3日間は「聖なる3日間」とされ,特別な典礼が行われる。この聖なる3日間の朝課の中の第1夜課の朗読はエレミア哀歌で始められる。

ルネッサンス期のスペインを代表する作曲家ビクトリア(T. L de Victoria )はこの聖なる3日間に朗読される旧約聖書の「哀歌」に作曲した。これは聖週間聖務曲集(1585年ローマで出版された)に収められている。この「聖週間聖務曲集 Officium Hebdomadae Sanctae」は聖職者でもあったビクトリアの創作活動の集大成をなす傑作で、とくにその旋律の美しさと表現力の見事さで注目されている。そのタイトルのごとく聖週間に行われる典礼(聖務日課)で用いられる曲が集められており、枝の主日のためのものが3曲、聖木曜日のためのものが12曲、聖金曜日のためのものが12曲、聖土曜日のためのものが10曲、合計37曲が収められている。

ちなみに旧約聖書の「哀歌」は今日ではエレミアが書いたとは考えられておらず、全部で5章ある各章ごとに作者は異なっていると考えられている。しかし聖書の中でこの「哀歌」は「エレミア書」の次にならべられており当時はエレミアが記載したものと考えられていたようで、音楽作品の名称としては「エレミア哀歌」で広く知れわたっている。

今回我々が演奏するのは「聖木曜日のためのエレミア哀歌」の3曲の中の最初の2曲である。冒頭部の「エレミアの哀歌がここに始まる‥‥」は美しい旋律が高声部から低声部へ歌いつがれ見事に重ねられていく。「アーレフ」の旋律は大聖堂の天井に響き渡り、きっと神の国ではこのような音楽が奏でらえているに違いないと天上の調べを想像させる美しい旋律が歌われる。つづいて、かつては栄華を誇ったエルサレムの都がバビロニアの軍によって陥落し神殿も破壊されてしまった後の寂れた都の様子、そして人々の嘆きと苦しみがうたわれる。クライマックスは我らの永遠の都エルサレムが再び神の元にかえりますようにとの祈りで締めくくられる。

まさにビクトリアの大作「聖週間聖務曲集」の中の「聖なる3日間」の冒頭部を飾るにふさわしい名曲である。

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